多価不飽和脂肪酸、特に3価不飽和脂肪酸であるエイコサペンタエン酸とドコサヘキサエン酸には抗炎症効果があると報告されています。臨床腫瘍分野においてもこれら脂肪酸の治療への応用、当然議論されうることだと思われます。例えば食欲不振ー悪液質症候群の病態における不飽和脂肪酸の有効性、抗炎症作用を考えると有効である可能性が考えられます。しかし具体的に有効性を評価するとき、何を指標にすればいいのか難しい問題ですね。そして用量、投与期間の問題が考えられます。また経口摂取することから吸収効率にばらつきが生じる可能性も考えられます。エイコサペンタエン酸製剤については、高齢者では吸収能が低くなる傾向があるようで、サプリメント製品でミセル化することによって吸収高率を向上させているものも市販されています。
 この論文はこれまで発表された7つのレビューをまとめて検討したものです。

Anorexia-Cachexia Syndrome: A Syatematic Review of the Role of Dietary Polyunsaturated Fatty Acids in the Management of Symptoms, Survival, and Quality of Life
J Pain Symptom Manage.  
2009 Jun;37(6):1069-77


(背景)
 食欲不振-悪液質症候群(ACS)は進行がんに苦しんでいる患者の80%以下において経験される
複雑な代謝過程である。ACSはがん患者の緩和ケアにおいて、その有病率ばかりでなく患者の罹患率と精神苦痛に有意に影響することから重要である。
 ”食欲不振”とは、”食べ物に対する欲求の制御されない欠乏または喪失”として定義され、”悪液質”とは”食欲不振、不本意の体重減少、組織の消耗、そして身体機能の低下”として定義されている。ACSはがん以外にも、例えばHIV感染症といった多くの疾患に起こりうる病態である。がん患者において、ACSは蛋白カロリーの栄養障害が進行した病態である。それは、腫瘍の構成要素と転移性疾患に対する宿主の防御に対しての様々な相互作用を含めた、未だよく理解されていなくて複雑な過程に関連している。悪液質へ至る機序は最近の認識では次のように分類される。①人と食物の関係(精神的、社会的・環境の、その他)、②栄養失調(必須脂肪酸、必須アミノ酸、抗酸化物質、その他)、③同化不良(インスリンやインスリン様成長因子、性腺ホルモン、その他)、④異化亢進(炎症、腫瘍による、その他)
 ACSの治療選択には多くの薬理学的介在がある。
img182(文献から引用)
今日までに、これら薬理学的介入(コルチコステロイド、プロゲステロン作用薬)は最もよく研究されていて、ACSに対する効果がいずれにも認められているが成功率は様々である。
 がんのACSでの栄養素補充に関する問題点は長い期間論争されてきた。主な関心事は、食欲不振と免疫抑制効果と
栄養と栄養サポートによる腫瘍進行の増強効果との潜在的対立に集中している。飽和脂肪酸が多く含まれている食品はさまざまながんの発生や進行を増加・促進することが動物およびヒトの疫学的研究で確立している。しかしながら、抗炎症性の多価不飽和脂肪酸(PUFAs)はがんに対して潜在的有益性があることが示されてきた。特にエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)は抗がん薬としての可能性が示されてきた。EPAとDHAは以前からACSの原因であるとされている多くの因子に対して直接作用するので、ACSに有用であるかもしれない。EPAとDHAはin vitroでの動物モデルと人の研究で確認されているように、潜在的に抗炎症作用があることが知られている。抗炎症性の直接作用としてはプロスタグランジンE2の合成とIL-1やTNFといった起炎性因子の抑制がある。
 それゆえに、
EPAとDHAはACSの管理においてアシストする有益なサプリメントであるという理論上かつin vitroの根拠が存在する。これらの複合物は液体サプリメントの形態でまたは魚をはじめとするいろいろな食品で毎日の食事に容易に加えることが出来る。がん関連のACSに苦しんでいる人においてEPAやDHAを摂取することが有益な影響があるかどうかについて知ることは興味あることであろう。それゆえに、系統的レビューはがん患者のACSに対するEPAとDHAの臨床効果を取り巻く根拠を決定するために行われた。

(結果)
 合計10の論文が確認され、そのうちの7つがレビューの組み入れ基準に合致した。残り3つの試験は研究デザインのため除外した。1つは前向きコホート、2つは非盲検の症例報告であった。
 7つのRCTには計1319名の参加者が含まれていた。すべての患者はACSに関連する徴候や症状を自覚していたが、がん腫は試験間で多様で膵臓がん(2試験)、胃腸がん(1試験)、そしてさまざまな進行がん(4試験)が含まれていた。EPAとDHAの供給源もまた多様で、魚油(4試験)、EPAやDHAと
他のビタミンとミネラルを含んだ多量栄養素(3試験)であった。PUFAsの容量はEPAは170mg~4.9g、DHAは115mg~3.2gで試験されていた。比較対象群は、健常者と支持療法(1試験)、プラセボ(4試験)、メラトニン(MA)(1試験)、EPAを含まない経口サプリメント(1試験)であった。治療期間は平均5週間(2~9週間)であった。多くの評価項目が試験で検討されいて、変数は平均4つのカテゴリーであった。特異的因子は試験間で多様に評価されていて次のようなカテゴリーが含まれていた。人体計測値(体重、除脂肪体重、その他:4試験)、全身状態(PS)(Karnofsky、Eastern Cooperative Oncology Group: ECOG、その他:4試験)、症状(嘔気、食欲、疲労、その他:3試験)、QOL(4試験)、そして生存率(5試験)。これらのカテゴリーは結果を要約するのに用い、試験間の転帰を比較した。4試験の著者らはこれらの転帰を彼らの研究に組み入れたが、生化学パラメーターのみを評価した試験は存在しなかった。
<人体計測値>
 5つの臨床試験で様々な人体計測値が用いられていて、体重変化、体内全水分量、体内全脂肪量、除脂肪体重、上腕周囲長(mid-arm muscle circumference)、三頭筋部皮下脂肪厚、肩甲下皮下脂肪厚が評価されていた。体重の変化と除脂肪体重の変化は表2、3に要約されている。
img183
img184(文献から引用)
 臨床転帰として体重変化を用いた5つの試験で、2つの試験の著者はコントロール群と比べてEPA、DHA群で有意差をもって違いが認められたと報告している。体重変化の大きさはbarberらの研究で最も著名で、4.36gのEPAと1.84gのDHAを4週間投与し支持療法群と比較している。2つの試験の著者はコントロール群と比較してEPA、DHAには負の効果があると報告した。除脂肪体重において、コントロール群と治療群間で統計学的に有意な違いがあるとする研究は1つもなかった。他の人体測定値においても統計学的に有意な変化は認められなかった。
<全身状態(PS)>
 全身状態はさまざまなスケールを用いて評価されたが、最もよく用いられたのは、
Karnofsky Performance Scaleである。結果は表4に要約されている。
img185(文献から引用)
一般的に、著者らの組み入れ基準は
Karnofsky scoreで70~80がベースラインである。fearonらはKarnofsky scoreの変化については報告していないことは当然留意されるべきである。表4に示した3名の著者らは、EPAとDHAによる治療群とコントロール群間で全身状態が統計学的に有意に違いがあるとは報告していない。
<症状>
 試験で評価された症状は食欲、嘔気、疲労、満足の行く状態、そして身体機能である。食欲は3つの試験すべてにおいて評価された唯一の症状である。著者らは、Jatoiらを除いて食欲の評価にvisual analog scale(VAS)を用いた。Jatoiらは、2つの正式に妥当と確認されているツール、
North Central Cancer Treatment Group(NCCTG)とFunctional Assessment of Anorexia and Cachexia(FAACT)を用いた。Brueraらは、魚油群とプラセボ群間でベースラインよりVASの変化が統計学的に有意な改善がみられなかったと報告した。Fearonらはまた、プラセボと比較しEPA2gとEPA4gはともにVASを統計学的に有意に改善させなかったと報告した。Jatoiらは、NCCTG食欲において有意な変化は見られなかったが、FAACTスコアではEPA+メゲストロール群とメゲストロール単独群で有意な改善がみられたが、EPA単独群では有意差は見られなかったと報告した。
<QOL>
 2つの妥当とされているスケールがQOLを決めるためのツールとして用いられた。そのツールはEuropean Organization for Research and Treatment of Cancer QLQ-C30(EORTC-QLQ-C30:3試験)、ユニスケール(1試験)である。Perssonらは、全体的なQOLまたは特異的症状の両者の特異的スコアの変化については報告していないが、4週間の研究期間でEPAとMA投与により身体機能の統計学的有意な増加があることを報告した。2つの研究では、Fearonらはグループがコントロール群と比較してQOL症状とEPA間に少しではあるが統計学的に有意な相関があると報告しているが、
QOLの改善はコントロール群と比較してEPA群で統計学的に有意であるとは報告していない。Jatoiらは、MAの有無間でQOLの違いはないと指摘している。
<生存期間>
 EPAやDHAでの生存期間改善の根拠は入り混じっている。Gogosらは研究参加者を、十分に栄養を供給されている群と不十分な栄養を供給されている群に分類し、おのおののグループはPUFAsかプラセボを与えられていた。彼らは
不十分に栄養を供給されている群と比較してPUFAsなしで十分に栄養を供給されている群において統計学的に有意な生存期間の延長(~900日 vs ~500日、P<0.001)があることを報告した。PUFAsが与えられた時、生存期間への影響は改善し十分に栄養を供給されている群において最も著名であったが、一方で不十分な栄養を供給されている群でのプラセボ群で生存期間はより短いものであった(~900日 vs ~240日、P,0.05)。PerrsonらはMAと比較して魚油の統計学的に有意な生存期間の有益性はないと報告した。Fearonらは、プラセボと比較して2gまたは4gのEPA投与(155日 vs 142日 vs 140日)またはPUFAs(142日 vs 128日)における生存期間の統計学的有意な変化は見られなかったと報告した。Jatoiらは、EPA投与群、メゲストロール群、EPA+メゲストロール群間で生存期間の統計学的有意な改善は見られなかったと報告した。